鹿児島県川辺郡 栗野謙一さん自然の色が出た。樹勢もいい。
花を作り続けて30年、ハウス栽培が珍しかった頃に始めた。当時は現在のようなハウスはなく、竹で枠組みして、縄で縛った。台風がくるといつも大騒動だった。 栽培している品種はてっぽう百合と菊である。バブル以前は、いい値がついた。百合で一本400円5500円もの値がついたのである。今では信じられない価格である。仕事も楽だったし、年に2回転で、充分に採算にのった。 栗野さんはその当時から、農薬と化学肥料をできるだけ使わない栽培方法を心がけてきた。花は野菜に比較すると、食べるものではないだけに、農薬使用基準がゆるい。花卉市場でも、あまり評価されない。見た目の良いものに値がつく。 農薬はよくないと体に知らされた体験がある。隣が消毒を始めると頭が痛くなり、吐き気がするのである。隣でやっていてこれだったら、自分のハウスでやったらどうなるだろう。恐ろしくて使えないのである。この栽培姿勢が評価されて、地元の花卉市場では名前の売れた優秀な生産者である。 バブル以後、花市場の状況は激変した。価格は下がる一方。売れない。値が出ないのである。年に2回転で採算が取れたものが、現在は3回転〜4回転を作らなくてはいけない。40℃近いハウスの中で体を酷使するのである。それだけでも重労働である。人間だけではなく畑も大変である。休む時がない。当然、病害虫には弱くなる。連作障害も出てくる。 以前にはなかった、ポトリ病とか、スリップス、ハモグリバェ、エソ病など、外国から苗の輸入で急激に新種の病気がふえたのである。栗野さんはこれに対してもできるだけ自然素材で防除した。添着剤にローソクを使ったり、害虫にニッキを使用したりした。しかし、限界を感じていた。そんな時に玄米アミノ酸 粉体に出会った。これならコストもかからないし、なんとかなるのではと思った。さっそく、ボカシをつくりほ場に入れた。最初は順調にいった。これはいいと喜んだ。しかし、収穫近くになって、病気が出た。慌てた、どうしよう。相談をしたら二—ムケイクでボカシを入れて追肥でやれと言われた。すぐに実行に移した。病気は見事におさまった。二ームケイクのボカシの威カをまざまざと見た。 菊は最高にいいものができた。いままでに作った中で最高と自負できるものだった。玄米アミノ酸は使える資材だと実感したのである。しかし、値が出ない。最高の品質なのに価格は最低。中国からの輸入や、造花に押されて、どうにもならない。まさにお手上げ状態である。栗野さんは、現在迷っている。このまま花を作り続ける事がいいのかどうかである。知り合いの青果問屋からはゴーヤとかトマトを作ってくれと言われている。いままでに農薬や、化学肥料を使っていないのだから、きっといいものができるに違いないというのである。花づくり30年の愛着がある。なかなか、踏ん切りがつかない。 そこでもう一度、玄米アミノ酸 粉体による土壌づくりをふりかえる事にした。コストが安い、病害虫に強い土壌がつくれる。花はよく、自然の色が出た。樹勢もいい。この技術を応用すれば、いい野菜がつくれるのではないだろうかと思った。幸いに情報誌もあって、仲間もいる。この人達に相談する事もできる。 野菜づくりをするかどうか決めてはいない。花の状況を考えると、転作は早い方が傷は浅いのかなと思う。玄米アミノ酸 粉体の技術というのは新しい展望をひらくだけのカがあるわけだから、いいものに出会ったと感謝している。 電話放談会は毎回聞いている。その中でリン酸の使いすぎというのがあった。栗野さんのほ場でも300というヒドイ数字だった。お金をかけて、畑を壊しているなんて、こんなに馬鹿な事はない。自分ながらにあきれてしまった。豊かな生活が玄米アミノ酸で取り戻せると確かな手ごたえをつかんでいる。